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福岡地方裁判所久留米支部 昭和40年(ワ)113号 判決

原告 三星商事有限会社

右代表者代表取締役 杉和之

右訴訟代理人弁護士 中園勝人

被告 上野信

〈ほか一名〉

右被告等訴訟代理人弁護士 大石幸二

主文

右当事者間の当庁昭和四〇年(手ワ)第一五号手形判決を認可する。

右当事者間の当庁昭和四〇年(手ワ)第一六号手形判決中、左記括弧部分を認可し、その余の部分を取消す。

「被告諫山は、原告に対し、金六三、三六三円およびこれに対する昭和四〇年八月二一日から支払ずみまで年六分の割合による金員を支払え。

本判決は原告勝訴の部分に限り仮にこれを執行することを得る。」

原告の被告諫山に対するその余の請求(金三二二、二三七円および内金一二四、八六〇円に対する昭和四〇年七月二一日から内金一九七、三七七円に対する昭和四〇年八月二一日から、各支払ずみまで年六分の割合による各金員の支払)を棄却する。

原告と被告上野との間に生じた異議申立後の訴訟費用は同被告の負担とする。

原告と被告諫山との間に生じた訴訟費用はこれを七分し、その一を同被告の、その余は原告の各負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、「右当事者間の当庁昭和四〇年(手ワ)第一五号第一六号の各手形判決を認可する。」との判決を求め、その請求原因を次のとおり述べた。

一、(一)、原告は、自己を受取人、被告上野を支払人とし、拒絶証書作成義務を免除して、第一一二号手形判決別紙目録記載為替手形一〇通(引用する、但し、各支払地の三井郡善尊寺町を久留米市と改める。)を振出した。

(二)、原告は各振出日に、各手形につき同被告の引受を得て、現にその所持人である。

(三)、そこで、原告は、右手形1・2を各支払期日に、3を支払期日の翌日に、それぞれ支払のため支払場所に呈示した。

よって、原告は、引受人たる同被告に対し、右手形金合計金五六九、七二〇円および内金一九二、二七五円(1ないし3の手形金合計)に対する最終の支払期日の翌日たる昭和四〇年八月一日から支払ずみまで手形法所定年六分の割合による利息金、内金三七七、四四五円(4ないし10の手形金合計)に対する本訴状送達の翌日たる昭和四〇年八月二一日から支払ずみまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の各支払を求める。

二、(一)、原告は、自己を受取人、被告諫山を支払人とし、拒絶証書作成義務を免除して、第一一三号手形判決別紙目録記載為替手形八通(引用する。)を振出した。

(二)、原告は、各振出日に、各手形につき同被告の引受を得て、現にその所持人である。

(三)、そこで、原告は、右手形1ないし3を各支払期日に、それぞれ支払のため支払場所に呈示した。

よって、原告は、引受人たる同被告に対し、右手形金合計金三八五、六〇〇円および内金一二四、八六〇円(1ないし3の手形金合計)に対する最終の支払期日の翌日たる昭和四〇年七月二一日から支払ずみまで手形法所定年六分の割合による利息金、内金二六〇、七四〇円(4ないし8の手形金合計)に対する本訴状送達の翌日たる昭和四〇年八月二一日から支払ずみまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の各支払を求める。

三、被告等主張事実中、第二および第四項の各(二)1は認めるが、その余は争う。

四、原告は、飼料の販売を業とする会社であるが、その飼料は自らこれを製造するものではなく、他の製造業者または販売業者からこれを買受けて、被告等需要者に販売する業態をとっていたものであり、この点は被告等も知悉していた。

従って、「魚粉ミール」に「なめし皮粉」=「クローム」が混入しているか否かは、どうしても県種畜場等の専門家の分析鑑定にまたねばならないわけであるが、仕入・販売の都度このような異物の混入しているかも知れないことを予見し、分析鑑定を依頼して異物の混入のないことを確認すべき注意義務は、原告の如き業態の商人には存しない。

よって、原告は、不法行為責任や債務不履行責任を負うべきいわれはない。

被告等訴訟代理人は、「本件各手形判決を取消す。原告の各請求を棄却する。」との判決を求め、答弁として次のとおり述べた。

一、原告主張請求原因事実第一、二項は認める。

二、(一)、被告上野は、本訴(昭和四〇年九月一七日の本件口頭弁論期日)において左記自働債権をもって、原告の本訴債権とその対当額において相殺する旨の意思表示をした。

(二)、不法行為に基く損害賠償請求権(金三六六、六九五円)

1、同被告は、原告との間に、昭和三九年一一月一四日より同年一二月三〇日までに、養鶏飼料粗たん白質六〇%「魚粉ミール」一四俵を原告から買受ける旨合意した。

2、右「魚粉ミール」の保証成分量は、粗たん白質六〇%、粗せんい一%、粗灰分二〇%であるが、原告は、故意または過失により、「飼料の品質の改善に関する法律」第一五条に違反して、品質を低下させる異物たる「フェザーミール」五〇%および有害物たる「なめし皮粉」一〇%を混入した飼料(以下甲飼料という。)を同被告に給付し、同被告は、右事情を知らずに、昭和三九年一一月から昭和四〇年二月頃まで自己が飼育中の鶏の飼料に使用したため、産卵量が減少し、後記損害を被った。

3、(1) 食用卵の昭和三九年一〇月の出荷量一、一二一kgを標準とし、甲飼料の使用を開始した同年一一月以降の出荷量との差額が毎月の減産量となる。

(2) 卵一kg当りの生産原価は、金一一六円である。

(3) 当月相場一kg当り卸売値から右生産原価を控除すると、一kg当りの純益が算出されるので、これに毎月の減産量を乗ずると、毎月の損害額となる。

(4) 昭和三九年一一月から昭和四〇年一〇月までの損害額は、別表第一記載のとおり合計金一三八、一七七円となる。

4、(1) 種卵の昭和三九年一〇月の出荷量五三一・三kgを標準とし甲飼料の使用を開始した同年一一月以降の出荷量との差額が毎月の減産量となる。

(2) 卵一kg当りの生産原価は、前記3(2)のとおり、金一一六円となる。

(3) 当月相場一kg当り卸売値は、食用卵のそれより金五五円高で、これから右生産原価を控除した一kg当りの純益に毎月の減産量を乗ずると、毎月の損害額となる。

(4) 昭和三九年一一月から昭和四〇年九月までの損害は別表第二記載のとおり、合計金二二八、五一八円となる。

5、従って、原告の右不法行為により被告上野が被った損害額は次のとおり、総計金三六六、六九五円となる。

138177+228518=366695

よって、原告は、同被告に対し、右損害を賠償すべき責任がある。

三、(一)、被告上野は、予備的に本訴(昭和四五年二月二三日の本件口頭弁論期日)において左記自働債権をもって、原告の本訴債権とその対当額において相殺する旨の意思表示をした。

(二)、瑕疵ある売買の目的物の給付による損害賠償請求権(金三六六、六九五円)

原告は、飼料を販売する会社であり、売買契約の目的物を六〇%魚粉ミールであると品質を表示して被告上野に販売したにもかかわらず、債務の本旨に従った履行をなさず、フェザーミール五〇%を混入し、さらに有害物たる「なめし皮粉」一〇%を混入した瑕疵のある甲飼料を給付し、よって同被告に対し、前記損害を与えたものであるから、右損害を賠償すべき責任がある。

四、(一)、被告諫山は、本訴(昭和四〇年九月一七日の本件口頭弁論期日)において左記自働債権をもって、原告の本訴債権とその対当額において相殺する旨の意思表示をした。

(二)、不法行為に基く損害賠償請求権(金三二二、二三七円)

1、同被告は、原告との間に、昭和三九年一一月四日から昭和四〇年一月までに、六〇%「魚粉ミール」二〇俵を原告から買受ける旨合意した。

2、右「魚粉ミール」の保証成分量は、粗たん白質六〇%、粗せんい一%、粗灰分二〇%であるが、原告は、故意または過失により、「飼料の品質の改善に関する法律」第一五条に違反して、品質を低下させる異物たる「フェザーミール」五〇%および有害物たる「なめし皮粉」一〇%を混入した飼料(以下乙飼料という。)を同被告に給付し、同被告は、右事情を知らずに、昭和三九年一二月一〇日から昭和四〇年二月中旬まで自己が飼育中の鶏の飼料に使用したため、産卵量が減少し、後記損害を被った。

3、(1) 食用卵の昭和三九年一一月の出荷量六二八・六六kgを標準とし、乙飼料の使用を開始したのちたる同年一二月以降の出荷量との差額が毎月の減産量となる。

(2) 卵一kg当りの生産原価は、金一一六円である。

(3) 当月相場一kg当り卸売値から右生産原価を控除すると、一kg当りの純益が算出されるので、これに毎月の減産量を乗ずると、毎月の損害額となる。

(4) 昭和三九年一二月から昭和四〇年四月までの損害額は、別表第三記載のとおり、合計金八七、六三五円となる。

4、(1) 種卵の昭和三九年一一月の出荷量六二八・三一kgを標準とし、乙飼料の使用を開始したのちたる同年一二月以降の出荷量との差額が毎月の減産量となる。

(2) 卵一kg当りの生産原価は、前記3(2)のとおり、金一一六円となる。

(3) 当月相場一kg当り卸売値から右生産原価を控除した一kg当りの純益に毎月の減産量を乗ずると、毎月の損害額となる。

(4) 昭和三九年一二月から昭和四〇年六月までの損害額は、別表第四記載のとおり、合計金二三四、六〇二円となる。

5、従って、原告の右不法行為により被告諫山が被った損害は、次のとおり、総計金三二二、二三七円となる。

87635+234602=322237

よって、原告は、同被告に対し、右損害を賠償すべき責任がある。

五、(一)、被告諫山は、予備的に、本訴(昭和四五年二月二三日の本件口頭弁論期日)において左記自働債権をもって、原告の本訴債権とその対当額において相殺する旨の意思表示をした。

(二)、瑕疵ある売買の目的物の給付による損害賠償請求権(金三二二、二三七円)

前記三(二)のとおり。

その損害額は、四(二)のとおり。

六、原告主張事実第四項は争う。

≪証拠省略≫

理由

一、原告主張請求原因事実第一、二項は、当事者間に争いがない。

二、そこで、被告上野主張の不法行為に基く損害賠償請求権を自働債権とする相殺の抗弁について検討する。

(一)  同被告主張事実第二項(二)1は、当事者間に争いがない。

(二)  被告上野は、甲飼料が有害飼料である旨主張するので考える。

1、「飼料の品質改善に関する法律施行規則」第一条第一項第一号によれば、「フェザーミール」は、「飼料の品質改善に関する法律」第二条第一項にいわゆる「飼料」に該当することが認められる。

≪証拠省略≫によれば、農林省告示による「飼料の公定規格」表には、粗たん白質六〇%魚粉飼料の保証成分量として、粗たん白質六〇%と規定されており、≪証拠省略≫によれば、原告は「六〇%魚粉ミール」飼料につき昭和四〇年六月一日福岡県種畜場長に飼料分折を依頼したところ、同月八日、同種畜場長から右飼料には、「フェザーミール」が極多量混入しているが、右保証成分量を上廻る七〇・四%の粗たん白質が含有されている旨の分折結果の通知を受けたこと、この程度の「フェザーミール」を含有する「魚粉ミール」飼料を養鶏用飼料に使用しても不適当でないことが認められ、他に右認定を動しうる証拠はない。

そうだとすれば、この程度の「フェザーミール」は、「魚粉ミール」飼料の品質を低下させる異物に該当しないと解せられる。

従って、仮に甲飼料中にこの程度の「フェザーミール」が含まれていたとしても、直ちに甲飼料が廃鶏数を増大させる有害飼料であると推定することはできない。

2、≪証拠省略≫によれば、次の事実が認められる。

被告上野は、従来から養鶏業を営んでいた者であるが、昭和三九年一一月中頃から昭和四一年中頃まで甲飼料を自己が飼育中の鶏に用いたところ、急に廃鶏数が多くなり、従って産卵量が減少したので、その頃右飼料の使用を停止した。その後、他の飼料に切換えたところ、廃鶏数が少くなり、従って産卵量も次第に回復していった。同被告は、昭和四〇年一〇月八日、福岡県種畜場長に対し、甲飼料の分析を依頼した結果、同月一六日、同種畜場長から、粗たん白質含有量六九・一%、異物として「クローム」検出の分析結果の通知を受けた。そして、「クローム」が検出されるということは、当該飼料中に「なめし皮粉」が混入していることを意味し、近年「クロームなめし皮粉」を飼料として用いる場合は、皮革中のたん白質と結合した「クローム」が、家畜、家きんの体内に蓄積され、肝障害、消化器障害などの慢性中毒の原因となり、また、「クローム」は、動物体内に発がん作用を起す原因となるとも考えられている。そこで、農林省も、昭和三九年一月、「なめし皮粉」が「飼料の品質改善に関する法律」第一五条にいわゆる飼料の品質を低下させる異物にあたるとして、その飼料利用を禁止するにいたった。

尤も、≪証拠省略≫には、原告が昭和四〇年六月福岡県種畜場長に対して分析を依頼した魚粉ミール(六〇%)飼料中に「クローム」=「なめし皮粉」が混入していない旨の記載があるけれども、≪証拠省略≫によっては、未だ右飼料が甲飼料の一部(あるいは同質のもの)であると認めるに足らず、その他該事実を認めるうる証拠は存しないから、≪証拠省略≫の存在によっては、直ちに前記「クローム」の存在を否定することはできない。

そうだとすれば、「クローム」が慢性中毒の原因となる旨の見解の存在や、≪証拠省略≫の「クロームの存在する飼料を鶏に使用した場合に急に廃鶏になるとは考えられない。」旨の供述にもかかわらず、とにかく、甲飼料の使用開始によって、急に廃鶏数が多くなり産卵量が減少し、その使用停止によって廃鶏数が少くなり、従って産卵量も回復したのであるから、流行病の罹患、消毒方法・飼育方法の誤り、老化その他一時に大量の廃鶏を生ずべき特段の事情がない限り、甲飼料は、廃鶏数を増大させ、ひいては産卵量を減少させる有害飼料であると推定するのが相当であり、原告は、右特段の事情の存在を主張し、あるいはその立証をしないので、結局、甲飼料は、有害飼料であると推認せざるをえない。

(三)  従って、飼料の販売業者たる原告は、養鶏業者たる被告上野に対して有害飼料である甲飼料を販売することによって、同被告に対し、産卵量減少による減収という損害を与えたものというべく、原告の甲飼料販売行為と右損害の発生との間には、相当因果関係があるといわねばならない。

(四)  被告上野は、原告が故意に有害飼料たる甲飼料を同被告に販売した旨主張するけれども、これを認めうる証拠はない。

次に、被告上野は、原告が過失によって有害飼料たる甲飼料を同被告に販売した旨主張するので考える。

被告上野は、原告の過失の態様を明確にしないので、原告のいかなる注意義務違反をとらえて攻撃するものであるかを知りえないのであるが、仮に飼料の販売業者たる原告は、「魚粉ミール」飼料の販売にあたり予めこれを「なめし皮粉」が混入しているか否かを専門家による分析鑑定によって確認すべき注意義務を負うという趣旨の主張であるとすれば、かかる高度の注意義務を負わせる根拠となるべき法規や商慣習等の存在の立証がないし、また、仮に原告は、右分析鑑定の代りに肉眼をもって「なめし皮粉」混入の有無を確認すべき注意義務を負うという趣旨の主張であるとしても、≪証拠省略≫によれば、到底肉眼によっては「なめし皮粉」混入の有無を確認できないことが認められるので、結局、原告にかかる注意義務を負わせることはできない。

(五)  よって、被告上野主張の不法行為は、その主観的要件を欠くから成立に由なく、右不法行為に基く損害賠償請求権を自働債権とする同被告主張の相殺の抗弁も失当といわねばならない。

三、次に、被告上野主張の瑕疵ある売買の目的物の給付による損害賠償請求権を自働債権とする相殺の抗弁について検討する。

(一)  不特定物の売買において給付されたものに瑕疵のあることが受領後に発見された場合、買主が売主に対して瑕疵担保責任を問うべきか、不完全履行責任を問うべきかについては争いが存するけれども、買主がいわゆる瑕疵担保責任を問うなど、瑕疵の存在を認識した上で右給付を履行として認容したと認められる事情(以下履行認容事情と略称する。)が存しない限り、買主は、取替ないし追完の方法による完全履行の請求権を有し、またその不完全な給付が売主の責に帰すべき事由に基ずくときは債務不履行の一場合として、損害賠償請求権を有するものと解すべきである(最判昭三六・一二・一五民集一五・一一・二八五二参照)。

(二)  売主たる原告が買主たる被告上野に給付した甲飼料に有害成分たる「なめし皮粉」の混入という瑕疵が存在し、しかも買主たる同被告がその受領後にはじめて右瑕疵の存在を認識したことは、前記第二項認定のとおりである。

そして、≪証拠省略≫によれば、同被告は、その後原告に対し、前記第二項認定にかかる産卵量減少による損害につき、「何とかして下さい。」と頼んだ結果、甲飼料の購入代金支払のために振出した本件請求にかかる為替手形金債務の履行について期限の猶予を得たことが認められるけれども、右事実によっては、未だ履行認容事情の存在を認めるに足らず、他に同事情の存在を認めうる証拠はない。そうだとすれば、買主たる同被告は、売主たる原告に対し、前記法理に鑑み、専ら不完全履行による損害賠償責任を問うべきこととなる。

(三)  ところで、右不完全履行による損害賠償責任を問うためには、右不完全履行が売主たる原告の責に帰すべき事由に基くことを必要とし、右「責に帰すべき事由」とは、原告の故意過失または信義則上これと同視すべき事由と解せられる。

しかし、前記第二項(四)認定のとおり、原告には、かかる「責に帰すべき事由」は存在しない。

(四)  よって、被告上野主張の債務不履行はその主観的要件を欠くから成立に由なく、右債務不履行に基く損害賠償請求権を自働債権とする同被告主張の相殺の抗弁も失当であるといわねばならない。

四、結局、被告上野は、原告に対し、本件為替手形金合計金五六九、七二〇円および内金一九二、二七五円(1ないし3の手形金合計)に対する最終の支払期日の翌日たる昭和四〇年八月一日から支払ずみまで手形法所定年六分の割合による利息金、内金三七七、四四五円(4ないし10の手形金合計)に対する本訴状送達の翌日たること記録上明白な昭和四〇年八月二一日から支払ずみまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金を支払うべき義務を負うことが明らかである。

五、次に、被告諫山主張の不法行為に基く損害賠償請求権を自働債権とする相殺の抗弁について検討する。

(一)  同被告主張事実第四項(二)1は、当事者間に争いがない。

(二)  被告諫山は、乙飼料が有害飼料である旨主張するので考える。

1  「フェザーミール」が「魚粉ミール」飼料の品質を低下させる異物に該当しないことは、前記第二項(二)1認定のとおりである。

2  ≪証拠省略≫によれば、次の事実が認められる。

被告諫山は、従来から養鶏業を営んでいた者であるが、昭和三九年一二月一〇日から昭和四〇年二月上旬まで乙飼料を自己が飼育中の鶏に使用したところ、急に廃鶏数が多くなり、従って産卵量が減少したので、その頃右飼料の使用を停止した。その後、他の飼料に切換えたところ、廃鶏数が少くなり従って産卵量も次第に回復していった。同被告は、昭和四〇年二月八日、福岡県種畜場長に対し、乙飼料の分析を依頼した結果、同月一三日同種畜場長から、粗たん白質含有量六八・九%にして、「フェザーミール」五〇%、「なめし皮粉」一〇%が配合されている旨の分析結果の通知を受けた。そして「なめし皮粉」の有害性については、前記第二項(二)2認定のとおりである。

そうだとすれば、乙飼料の使用開始によって急に廃鶏数が多くなり産卵量が減少し、その使用停止によって廃鶏数が少くなり産卵量も回復したのであるから、流行病の罹患、消毒方法の誤り、老化その他一時に大量の廃鶏を生ずべき特段の事情がない限り、乙飼料は、廃鶏数を増大させ、ひいては産卵量を減少させる有害飼料であると推定するのが相当であり、原告は、右特段の事情の存在を主張し、あるいは立証しないので、結局、乙飼料は、有害飼料であると推認せざるをえない。

(三)  従って、飼料の販売業者たる原告は、養鶏業者たる被告諫山に対して有害飼料である乙飼料を販売することによって、同被告に対し、産卵量減少による減収という損害を与えたものというべく、原告の乙飼料販売行為と右損害の発生との間には、相当因果関係があるといわねばならない。

(四)  被告諫山は、原告が故意に有害飼料たる乙飼料を同被告に販売した旨主張するけれども、これを認めうる証拠はない。

次に被告諫山は、原告が過失によって有害飼料たる乙飼料を同被告に販売した旨主張するので考える。

被告諫山は、原告の過失の態様を明確にしないので、原告のいかなる注意義務違反をとらえて攻撃するものであるかを知りえないのであるが、仮に飼料の販売業者たる原告は、「魚粉ミール」飼料の販売にあたり、予めこれに「なめし皮粉」が混入しているか否かを専門家による分析鑑定によって確認すべき注意義務を負うという趣旨の主張であるとすれば、かかる高度の注意義務を負わせる根拠となるべき法規や商慣習等の存在の立証がないしまた仮に原告は、右分析鑑定の代りに肉眼をもって「なめし皮粉」混入の有無を確認すべき注意義務を負うという趣旨の主張であるとしても、≪証拠省略≫によれば、到底肉眼によっては「なめし皮粉」混入の有無を確認できないことが認められるので、結局、原告にかかる注意義務を負わせることはできない。

(五)  よって、被告諫山主張の不法行為は、その主観的要件を欠くから成立に由なく、右不法行為に基く損害賠償請求権を自働債権とする同被告主張の相殺の抗弁も失当といわねばならない。

六、次に、被告諫山主張の瑕疵ある売買の目的物の給付による損害賠償請求権を自働債権とする相殺の抗弁について検討する。

(一)  被告諫山主張事実第五項(一)は、本件記録上明白である。

(二)  売主たる原告が買主たる被告諫山に給付した乙飼料に有害成分たる「なめし皮粉」の混入という瑕疵が存在し、しかも買主たる同被告が前記分析鑑定の結果はじめて右瑕疵の存在を認識しえたことは、前記第五項認定のとおりである。

右事実によれば、買主たる同被告は、乙飼料の購入にあたり、右瑕疵を知らずかつ知らないことに過失がなかったというべきであるから、右瑕疵は、民法第五七〇条にいわゆる「隠れたる瑕疵」に該当すると解するのが相当である。≪証拠省略≫によれば、被告諫山は昭和四〇年五月三一日付、その頃到達の内容証明郵便をもって、原告に対し、有害飼料たる乙飼料による損害賠償金八六一、〇〇〇円を右郵便到達の日から二週間以内に支払うよう催告したことが認められ、他に右認定を左右しうる証拠はない。

そうだとすれば、被告諫山については、履行認容事情の存在が認められるというべきであるから、同被告は、前記第三項(一)記載法理に鑑み、専ら瑕疵担保責任のみを問うべきことになる。従って、原告は、民法第五七〇条本文、第五六六条により、自己の責に帰すべき事由の有無にかかわらず、同被告に対し、瑕疵ある乙飼料の給付と相当因果関係ある損害を賠償すべき責任を負うといわねばならない。

(三)  そこで、損害額について検討する。

1  食用卵(金八七、六三五円)

(1) ≪証拠省略≫によれば、被告諫山が昭和三九年一一月食用卵六二八・六六kgを出荷したことが認められ、他に右認定を左右しうる証拠はない。

(2) 被告諫山は、昭和三九年一二月から昭和四〇年四月まで別表第三「出荷量」欄記載の食用卵を出荷した旨主張するが同被告がこれ以上出荷したことを認めうる証拠はない。

(3) 従って、昭和三九年一一月の出荷量六二八・六六kgと同年一二月から昭和四〇年四月までの出荷量との差額が同表「減産量」欄記載のとおり毎月の減産量となる。

(4) ≪証拠省略≫によれば、昭和三九年一二月から昭和四〇年四月までの毎月の食用卵の現地卸売値が同表「当月相場kg当り卸売値」欄記載のとおりであることが認められ、他に現地卸売値がこれを下廻ることを認めうる証拠はない。

(5) 被告諫山は、食用卵の一kg当りの生産原価が金一一六円である旨主張するが、同被告がこれ以上の生産原価を必要としたことを認めうる証拠はない。

(6) 毎月の卸売値から右生産原価を控除すると、同表「kg当り純益」欄記載のとおり、毎月の食用卵の一kg当りの純益が算出され、これに前記毎月の減産量を乗ずると、同表「損害額」欄記載のとおり、毎月の損害額が算出され、昭和三九年一二月から昭和四〇年四月までの損害額を合計すると金八七、六三五円となる。

2  種卵(金二三四、六〇二円)

(1) ≪証拠省略≫によれば、被告諫山が昭和三九年一一月種卵六二八・三一kgを出荷したことが認められ、他に右認定を左右しうる証拠はない。

(2) 被告諫山は、昭和三九年一二月から昭和四〇年六月まで別表第四「出荷量」欄記載の種卵を出荷した旨主張するが、同被告がこれ以上出荷したことを認めうる証拠はない。

(3) 従って、昭和三九年一一月の出荷量六二八・三一kgと同年一二月から昭和四〇年六月までの出荷量との差額が同表「減産量」欄記載のとおり毎月の減産量となる。

(4) ≪証拠省略≫によれば、昭和三九年一二月から昭和四〇年六月までの毎月の種卵の現地卸売値が同表「当月相場kg当り卸売値」欄記載のとおりであることが認められ、他に現地卸売値がこれを下廻ることを認めうる証拠はない。

(5) 被告諫山は、種卵の一kg当りの生産原価が金一一六円である旨主張するが、同被告がこれ以上の生産原価を必要としたことを認めうる証拠はない。

(6) 毎月の卸売値から右生産原価を控除すると、同表「kg当り純益」欄記載のとおり、毎月の種卵の一kg当りの純益が算出され、これに前記毎月の減産量を乗ずると、同表「損害額」欄記載のとおり、毎月の損害額が算出され、昭和三九年一二月から昭和四〇年四月までの損害額を合計すると、金二三四、六〇二円となる。

3  従って、総損害額は、食用卵の損害額金八七、六三五円と種卵の損害額金二三四、六〇二円との合計金三二二、二三七円となる。

七、結局、被告諫山は、原告に対し、本件為替手形金合計金三八五、六〇〇円から右損害賠償請求権金三二二、二三七円を相殺した残額金六三、三六三円およびこれに対する本訴状送達の翌日たること記録上明白な昭和四〇年八月二一日から支払ずみまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金を支払うべき義務を負うことが明らかである。

八、以上の次第であるから、原告の被告上野に対する本訴請求は理由があるからこれを認容した当庁昭和四〇年(手ワ)第一五号手形判決は民事訴訟法第四五七条第一項本文によりこれを認可し、異議申立後の訴訟費用について同法第八九条、第四五八条第一項を適用し、また原告の被告諫山に対する本訴請求は、右認定の限度においてのみ理由があるから全部認容の当庁昭和四〇年(手ワ)第一六号手形判決中右正当部分については同法第四五七条第一項本文によりこれを認可し、その余の失当部分については同条第二項によりこれを取消し、訴訟費用の負担について同法第八九条、第九二条本文を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 辰巳和男)

〈以下省略〉

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